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ゲーム実況風プレイ日記&考察中心 常にネタバレ注意
時の残滓 第32話
 エニアはゆっくりとこちらを向いた。はっきりとした表情は見えなくとも、少し
息が荒くなっていることと、半開きの唇は見てとれる。そして咄嗟に後ろ手に何か
を隠したのがわかった。

 「……イリー?それにア……、どうして」エニアは、私の名前を呼ぶのを躊躇っ
た。おそらく、あの名前を私が気に入っていないように思っているからだろう。
「あは!エニア、あんた自分のつけた名前忘れてるの?だったらナンバーで呼ぶ?
それとも新しく正式についた名前で呼んであげればいいじゃない」イリーはエニア
の肩に触れ、彼女の後ろに回った。

 「へえ、お楽しみの最中だったわけね。で、あんたの質問の答えだけど。私は
あんたを探しに来たの。個人的にね」そしてエニアの背後にある何かに右手を伸
ばす。「触らないで!」イリーのいる方へ顔を向ける。イリーは右手を止めて代
わりにエニアのおとがいに指をかけた。「ふうん?あんた、いつからそんなこと
言える立場になったの?まあ、感謝はしてるけど。言葉に気をつけなさい」微か
に語気を強める。何も聞かされずにここまで来た私には状況が見えないが。

 「エニア、ここで何をしているんだ」できるだけ刺激しないようには気をつけ
ていたが、それでも少しは声に出ていたと思う。嫌な予感は、当たるものだ。
「あたしは……」言いよどむ。「アイリス、見えてないの?ほら、もっとこっち
来てみなさい。見たことがないなんて、言わせないからね」と、イリーは私の手
首を思い切り掴んで、エニアの影にある何かのそばへ私を引きずった。

 それは、壁に寄り添うように揺れていた。体から伸びる四肢は、上下両方とも
ぴったりとくっついている。腕はウインチで引き上げられ、足はつま先がつくか
どうかだ。暗がりに慣れた目が、傷だらけの体を捉えた。幸い、出血はしていな
いが、短い蛇のような紋様がそこかしこに広がっている。

 見間違うものか。私の命の恩人でもあり、白い猫を連れ歩いたあの少女を。私
が、船に乗せられてからずっと、再会を願っていたその人を。

 「ラギ……」意識を失い、緩やかに揺れる細い体は、ラギ以外の誰でもなかっ
た。どうしてここにラギがいるのか、エニアが彼女に何をしていたのか。その疑
問を、口に出したくはなかった。ただ見ているだけしか、私にはできない。エニ
アに問い質す権利はあったかもしれない。それでも、何も考えずに信じていたか
った。だから、こう聞いた。

 「エニア、信じてていいんだな?」頷いてほしかった。不可抗力だと、言って
くれることを期待して。けれど、「ごめんなさい」エニアはしばしの逡巡ののち、
私にそう告げた。何度も、何度も。床に泣き崩れたエニアを、私は背中からそっ
と抱きしめた。私にも、何が何だかわからなかったから。許す、許さないの問題
ではない。どうしていいのかどう考えたらいいのか、頭の中の整理がつかない。
エニアの肩に額を乗せて、私までどういうわけか涙が溢れてきた。

 「感動の再会、のとこ悪いんだけど」イリーがため息交じりに切りだす。「ラ
ギちゃんは吐いてくれたの?」エニアは首を横に振った。「あんた、本当こうい
うの向いてないんだね。気絶まで追いこんじゃったら吐かせられないじゃない。
せっかく本来の目的におまけまでついてきたのにもったいないの。ま、専門じゃ
ないから仕方ないけど、これじゃあ私の昇進もパーか」何やらよくわからないこ
とをぼやくと、拘束具を外してラギを降ろした。

 冷たい黒い石の上に寝かされたラギは、静かに胸を上下させ、生きている証を
見せている。あれだけの量の傷を負っているのにもかかわらず、着衣に乱れはな
い。どうやら私とは違う方法の尋問を受けていたようだ。エニアが何のためにこ
んなことをしているのかは見当もつかない。事実として気を失ったラギがいるだ
けだ。

 「イリー」ようやく落ち着いたエニアが、イリーを呼んだ。「知らない。私は
あんたのことをバラさないって条件で、ラギの居場所を吐かせようかと思ってた
だけだし。あんたがラギを一番欲しがってるのは、私がよく知ってんだから」
腕を組んで壁に寄りかかり、舌打ちする。

「ラギに尋問を掛けてアレを手に入れれば、確かにあなたは昇進できたはず。も
ちろん、そんなこと想定済みだった」エニアはすっと立ち上がった。だが、その
顔は私たちの方を向いていない。そして続ける。「でもね、ゼプトを裏切ったと
わかれば、連中も放ってはおかない。あなたの行動は独断専行だから。もちろん、
あたしも。どういう意味か、わかるでしょ?」エニアの言葉は静かで、かつ厳し
さを持っていた。

「わかってる。ほんと、ラギがあんたの手に渡ったのは私の失態ね。最悪」
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