Fiction Factory

ゲーム実況風プレイ日記&考察中心 常にネタバレ注意
はしっこにゃんこ
 猫は見ていた。側溝の中から。初夏の風が気持ちいい午後のこと、猫は日陰に
なっているこの場所を、お気に入りの場所に指定していた。猫はこの場所が大好
きだ。薄暗くて、狭くて、とても落ち着いたから。

 猫はここから眺める景色が好きだ。目の前を、緩やかなスピードで通り過ぎる
いろんな形の車や人を、ただ眺めて過ごしているひととき。猫はそれをたまらな
く愛おしいと感じていた。

 ここをよく通るのは、20代もそこそこの若い女。女は猫を可愛がり、花柄の陶
器に手作りの餌を盛り付けて、毎日この側溝に持ってくる。猫はいつも待ってい
た。ごろごろと喉を鳴らすと、女は猫をなでながら餌を差し出す。

 猫は幸せだと感じていた。猫は女が大好きだ。猫がしなやかに体をくねらせれ
ば、女はそれを愛おしそうに眺める。そして抱き上げ、しばらく猫を離さない。
猫は満ち足りていた。誰にも邪魔されずに、猫は毎日を過ごす。

 今日も女は来るはずだ。いつもの時間に、いつもの場所へ。猫は待っていた。
今日も待っていた。夕日がようやく落ち切った頃、女はいつものように餌を持っ
てそこへ来る。

 女は猫に何かを言った。けれど猫にはわからない。いつも猫にはわからない。
猫はいつも通り女に餌をねだる。ごろごろと喉を鳴らし、食べ終われば体をく
ねらせ、女に抱き上げてもらう。

 そして女は帰って行った。猫は、一人になる。いつも通りの時間が過ぎて、明
日もずっと変わらない。猫は女を見送って、側溝の中で眠りについた。ときどき
起きて、側溝沿いに散歩する。

 猫は見ていた。側溝の中から。見ていたのは、女だ。朝の餌の時間だった。女
を見つけて、走り寄る。そして大きな何かが猫の視線を遮った。目の前には何も
ない。

 見間違いかと思った猫は、側溝に戻った。そして、側溝の中から覗いてみた。
景色は変わらない。女は綺麗になくなっている。猫は不安になって鳴いた。誰も
返事はよこさない。

 猫は、信号で止まっていた大きな何かを見つけた。側溝のすぐそばにあった交
差点に、大きな何かが止まっている。それは、猫が側溝からいつも眺めていた車
とは全然違った。

 見たことのない車だった。猫は胸騒ぎがして、車を追いかける。近くの塀に飛
び乗ると、車の中が丸見えだ。猫は、探し物を見つけた。女が座っている。女は
猫に気付かない。

 車は山の中に入った。もうあたりは真っ暗だ。猫は、へとへとだった。けれど、
女を見つけてまた駈け出した。女はようやく猫に気がつく。女の後ろに、男がい
た。男は、持っていた棒きれを自分の体の前に突き出す。

 音が響く。猫の耳に、大きく大きく。猫は、何が起きたのかわからない。女の
叫び声が聞こえる。猫は冷たさを感じた。猫は、側溝の中に落ちていた。中は乾
いているのに、腹のあたりが濡れている。

 錆のにおいが鼻につく。猫は見ていた。側溝の中から。女の声が消える瞬間を。
そして、自分の感覚が消える瞬間を。

猫は知らなかった。
女がはしっこに立っていたことも。
自分がはしっこに住んでいたことも。
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