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ゲーム実況風プレイ日記&考察中心 常にネタバレ注意
時の残滓 第30話
 洞穴の奥に進むにつれて、濡れた苔が足を捉える。人が通れる隙間がかろうじてあるだけで、特に研究対象であるようにも見えない。体を支える手すりやロープも見当たらず、無言のうちに進んでいく。

 イリーは分岐点で指示をするだけで淡々と後ろについてきていた。滑りやすい苔に悪戦苦闘しながらじりじりと進んでいくのは、精神力と体力を同時にすり減らしてくれる。

 足元に冷たいものを感じた。ペンライトの光が反射して、ゆらゆらと揺れている。水が溜まっていた。青い水は澄んでいて、そこが透けて見えるほどだ。こんな状況でなければ溜息が出るような景色だっただろう。しかし、その水たまりもやがて腰まで浸かるほどの深さに来ると、さすがにそんなことは言っていられない。

 「こんなところに何が?」遅々とした歩みと、冷たい水に体の半分を晒していることでイライラしながら愚痴る。「進めばわかるって。私だって好きでこんな……」イリーは言葉に詰まって「もういいでしょ。ここまで来て引き返せるなら勝手にしたらいいじゃない」そう返してきた。よくよく考えてみたらわかりそうなものだが、イリーの方が袖のないワンピース1枚などという寒そうな格好をしている割に全く震えが見えない。よほど体温が高いのだろうか。

 時計を見ると、もうかれこれ数時間は経っていた。濡れた服の重みと冷たさが、私の体力を奪っていく。ようやく水濡れのエリアを通過すると、ほんの少し光が差し込んでいるのが見えてくるようになっていた。

 「休憩しようか」イリーは水から上がり、近くの岩に座り込む。「そんな時間あるんですか」私としては、さっさとこんな暗くて寒い場所から抜け出したい一心だった。「私が疲れたの!」なんだその言い草は。「時間なら大丈夫。別に約束なんてしてないし、水から抜けたんだから服くらい乾かせてくれたっていいじゃない」また濡れる
心配はないのだろうか。だが、服を乾かしたいのは私も同じだ。「そうですね」しぶしぶ休憩に入ることにした。

 「約束してないってどういうことでしょう?」ふと、さきほど休憩時にひっかかったことについて質問してみる。「知りたいならついてきたらいいよ」望む答えが出ないことくらい予想はしていたが、こうもあっさりはねつけられるといい気分はしない。私にラギの話を振ったからには、ラギについて何かしら知っていることくらいは私にでもわかる。イリー相手にその話を聞き出す能力が、私にあるかどうかは別にして。それにしても寒い。洞窟の中が寒いのもあるが、水で濡れて火もなければなおさらだ。震えが止まらない。

 「ね、寒くない?」イリーが面白がって聞いてきた。「暖の取れる状況じゃないでしょう?……何を考えているんですか」イリーは表情を変えない。「ふふふ……温めてあげようか?」一瞬、びくりと体が反応する。「言ってることわかる?私も楽しめて、あなたも暖かくなるおまじないをね、してあげるっていうこと」そう言っておも
むろにワンピースの裾に手を突っ込んだ。反射的に私は攻撃態勢になる。そんなことにはおかまいなしに、イリーは太腿から何か光るものを外して手に取っていた。

 「ナイフ?」疑問が口に出る。「そう、ナイフ。何?期待してたことと違ったの?」イリーはナイフの刃先を軽く指でなぞりながら私に問いかける。答えないでいると、彼女は肯定の意味だと解釈したらしい。「それは残念。私はね、あなたの悲鳴が大好きなの。それだけ」勝手にそう思っていたらいい。実際には口にしなかったが。おそらく否定を口にしたところで、嘘だとばれるのが関の山だ。

 そして、私に向けてナイフを突き付ける。私は私で、持っていたナイフを抜き身で突き出した。「ちょっと!危ないじゃない。そんなに怒らなくってもいいのに」ふてくされてナイフを持たない方の手で、私の手ごと突き付けられたナイフを掴む。

 「それに、これも契約のうちでしょ?従わないなら、私にも考えがあるんだから」経験上、諜報部の連中には逆らえないことくらい、自分でもわかっている。たとえこの言葉が彼女のハッタリだったとしても、それを確認するすべがない以上余計なことはしないことだ。でも。「それが何だって言うんですか。急にナイフ向けられて、はいそうですか、で済むはずがないでしょう?」そう言ってやった。

 少なくとも、イリーがエニアやゼプトほどの切れ者には思えなかったから。それでも、イリーは何もなかったかのようにナイフをむしり取るように私の手から抜き去る。「いい?言っておくけど私がいなければあなたはここから戻ることもできないんだからね。仮に私に何かあれば、確実にあなたは殺される。契約は契約だからね!口約束だと思っているなら証拠だってちゃんと持ってるんだから。破るようなことがあったら是が非でも私はあなたを殺しに行くよ?死ぬより怖い地獄を味わいたいの?」

 眉を吊り上げ、冷たい視線を私に向ける。「舐めて貰っちゃ困るよ?私が簡単に諜報部に入れたと思っているようだけど、見くびるのもいいかげんにしてよ。情報収集が命懸けなことくらい、どんな下っ端でも心得ているものなんだから」彼女の言葉が重く突き刺さる。わかっているのに。現にエニアは、今もまだ命の危機にさらされている。軍を裏切り、私を助けようとしたのだから。仮にまだ、イリーやゼプトが知らなくても、判明したら命の保証などないに決まっている。

 「わかったでしょ?大人しく言うことを聞きなさい」イリーが私の手からナイフを引き剥がして床に放る。彼女の手に握られていたナイフは、見る間に真赤に染まり、音を立てていた。それを無防備な私の首にあてがう。

 一瞬だった。肉の焼ける音が、洞穴の音に交る。熱さで短い悲鳴が漏れた。「何を……」触ってみると、水ぶくれで腫れているのがわかった。「こっからもう1時間くらいかかるから休憩くらいさせてよ。ほら、治してあげるから、おいで」

 こんなことになりながら、仕方なく洞穴の中で小休止を取ることになった。治療方法についてはあえて言う必要もない。ただ、イリーは首尾よくやけどを治して、嬉々として私の体にうっすら残した傷跡を眺めていた。
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