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ゲーム実況風プレイ日記&考察中心 常にネタバレ注意
時の残滓 第28話
 痛みが、全身を支配していく。ピリッと走る電気信号。イリーは、痛みと同じくらい私を支配している。イリーが私の腹からナイフを抜き去る。傷口を離れたナイフにはほとんど血が残っていない。そして――「あつっ」肉の焼ける音がした。熱いナイフの側面が傷口に当たっている。

 「あはは!いい顔するねぇ。私専属のペットになればいいのになぁ」喜びと恍惚の表情を浮かべて、私の傷口に触れる。やけどの跡が綺麗に消えた。「ど、どうして……わざわざ傷を消す必要が?」傷は消えたものの痛みは残っている。「そりゃ、まあ」考え込むそぶりをする。そして、私に背を向けて「……企業秘密ってことで」面白そうに答えた。

 「質問を変えようか?」振り返って再び冷たい笑みを私に向ける。「あの子、あなたとどういう関係なの?私に教えてくれない?最初の質問は、なかったことにしてあげるから」また、ラギか。「わかりません」ある意味真実だ。それについては私も知りたい。私はエニアの無事を知りかっただけで、ラギには何の利益もないはず。「ふーん。それが本当なら、あなたを取っておく理由はないってことでいいわけ?」これには黙って頷いた。

 そして、焼けたナイフで私の首筋からヘソにかけてなぞる。やけどの跡は一輪の薔薇を私の体に刻み込んでいく。苦痛で時折上げる私の小さな悲鳴。それを面白そうに眺めるイリーの笑い声。焼けた金属のにおいが、部屋に充満している。

 ここで今できることは考えることだけだった。手も足も出ないし、何より助けが来る見込みも今はない。私に手を出してくるということはラギに危害を加えることができない状態だということだろう。「お味はいかが?」彼女の足元では鉄板が白煙を上げていた。心なしか、部屋の中が暑い。少しずつだが白い寝間着の背中からお尻にかかるあたりに湿り気を感じるようになってきた。

 「そんなにあの子のことが大事?それとも、本当に知らないの?」しばらく私の体で遊んでいた彼女が、耳元でささやく。「知りませんね」私がイリーに対して、恐れの感情と何か別のものを感じているということを、彼女は悟っているように思えた。私は、知らなかった。それだけは、そのとき唯一の汚点だったと言える。

 「本当に知らないの?」覗きこんで眉をひそめる。「はい」私が答えると、無言のうちに彼女は短くうなづいて納得していた。「ね、取引しよっか?」唐突だった。「ラギが私たちにとって、どういう人間なのか。知りたいんでしょう?」図星だ。顔に出さない訓練はしているものの、諜報員ではない私にその手の完璧を求めないでもらいたい。

 「ほら、やっぱりね。交換条件は、あなたの体。私にだって私の意志があるの。いつまでもおこぼれ頂戴役じゃつまらないからね」交換条件については、察しがついていた。「そんなことをしたら、あなたもただでは済まないはずですが。何故そこまで?」大体予想はできるだろうが、一応確認のためだ。

 「ふふん。あなたが気にするこっちゃないの。そうねえ、あえて言うなら私のため。それ以上でも以下でもないわけ。どうするの?断るなら断るであなたの体は私のものだけど。ただし、私に乗るのなら話は別」この部屋に何の集音装置も録画装置もないなど誰が思う?もちろん、それを想定しての発言のはずだ。それにもかかわらず、イリーは裏切りの意志を見せている。これも彼女の演技だというのか。それとも、ここの映像を見ている相手への挑戦か。

 「乗りましょう」これは賭けだ。うまくいけば、ラギのことを知ることができる。エニアのことも。失敗したら、それまでだ。今思えば、興味本位で軽率だったかもしれない。それでも、この選択が分岐点だったことは確かだ。

 イリーは静かに笑って、私の唇を塞いだ。天井が、壁が、世界が、全部が縦横に回る。いろいろな衝撃が私を揺する。体が沸騰していく。視界が白に覆われていく。両腕の痛みも、やけどの痛みも、穏やかな熱に癒される。この部屋の最後の記憶は、彼女の真紅のドレスと白い肌色だけだった。イリーがそうした理由は、私にもわからない。最初で最後の、感触だった。苦いような、甘いようなそれは、確実に私を縛っている。

 そして私の意識はふつりと切れて、そのまま落ちた。
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