Fiction Factory

ゲーム実況風プレイ日記&考察中心 常にネタバレ注意
時の残滓 第25話
 冷え切った客室の一つに私は寝かされていた。どこを移動中なのかさえ、見当がつ
かない。窓のないこの部屋は、ベッドが一つに小さなテーブル一つの空間しかない。
にもかかわらず、閉塞感とは真逆の感覚が私の肌を通じて伝わってくる。高所から落
下しているのと似たような感覚だ。ベッドの上で身体をこわばらせても、まるで熱が
伝わらない。

 「アイリス……だったか」空気の抜ける音で鉄扉が開く。ゼプトは、躊躇すること
なくそばにあった小さな三脚椅子に腰をかけた。「その名前、どこから?」アイリス
という呼び名は私からは公表していない。だとしたら誰かが広げているはずだ。「そ
うか。知らないのか」ゼプトは妙に納得した答えを返した。一体どういうつもりだ?

 「あなたに私の呼び名を教えたつもりはありません。だとしたら誰かが触れまわっ
ていると考えるのが自然でしょう?」座るところが他にないので、ベッドから起きて
そのまま脚の上に体を乗せる。「君がよく知ってる人間、と答えるのが妥当かな」ど
うも彼は読めない。そして答える気がないと踏んで、私はそれ以上追及しなかった。
後になってわかったが、彼なりの親切だったと今なら言えるだろう。真実なんてもの
は、往々にして知らなければよかったということがよくあるのだ。

 ただし、仮に知らなかったとしてもこの先に影響があったかどうか。それは私にも
わからない。「それで、何の御用ですか?」顔はゼプトに向いていたが視線は外した。
この暗がりではわかるまい。「ああ、言い忘れていたんでね。4時間後には到着する。
トイレは出て左つきあたりだ」それだけを言うためにわざわざ腰をかけたというのは
いささか腑に落ちないが、ゼプトはあっさり部屋を出て行った。

 ラギの居場所は、教えてはもらえなかった。エニアとも連絡手段はない。確かに通
路とトイレだけは行けるようになっていたが、それ以外の道は完全に封鎖され私の力
ではどうしようもない。ついででよければ、私は寝間着のままだったし荷物も持って
いるものは没収され、またしても丸腰だった。

 ベッドは収納式で、下部には水分とペンライト、あとは緊急脱出用の小さな鉄扉が
あるだけだ。脱出用の扉は手動で開けられるようになっていたが、開けてみても何も
視界に引っかからなかった。代わりにエンジン音が余計に大きく唸る。そこでペンラ
イトを持ち出して照らしてみると、扉のすぐ下に梯子になる取っ手が連なっていた。
ここからなら出られそうだ。だが、その梯子がどこに続いているのかはわからないの
は問題だった。

 空を飛んでいる状態でここから出るのは得策ではない。そんなことはわかっている。
それに、脱出用の小型船が鍵も固定具もなく放置されているとも考えにくい。結局、
脱出するのは無理だという結論は覆らなかった。

 無為な時間は刻々と過ぎていく。余暇もなければ明りさえ心許ない。やることと言
えば寝るか考えるかだけだ。残念ながらここ数日の疲れもあり、再び眠りの海へ私は
沈んでいった。これから何が起こるのか、予想なんてできない。ゼプトが何を考えて
いるか。ラギはどこにいるのか。エニアはどうしているのか。

 それでも、すぐに目が覚めてしまってそれから眠れなくなってしまった。考えるこ
とはたくさんあったし、考えなければいけないことでもあったはずなのに、考えれば
考えるほど頭は混乱するばかりだ。ことの元凶がどこにあって、私はどうしてあんな
事件を引き起こして、捕まって、ここにいるのか。

 夢の中の少女は答えてくれない。ゼプトも何も教えてはくれない。ラギも何か知っ
ている気がする。エニアは……信じている。信じていたい。信じたい。それなのに考
えるたびに信じられなくなっていく。

 私はそんな風に考える自分が怖くなった。エニアを信じられない?私が?疑念ばか
りが私を支配するようになってくる頃には、私は考えることをやめていた。どうして
も考えたくない。エニアが何か知っていたとしても、エニアは私と5年もの間ずっと一
緒に寝起きしてきた。彼女を信じなくなったら、私はもう誰も信用できないような気
がする。

 鉄板の壁が私を監視している。まるで私が裏切り者になった気分だ。私が裏切った
としたら、それはエニアに対してだろう。私はエニアから呼び名を貰った。それなの
に私はあれからすぐにあんな事件を起こし、捕まったのだ。

 気が滅入るような時間が、私を押しつぶしながら通り過ぎていく。思考停止から、
どれほど時間が経ったのかもわからない。いつのまにか、あの嫌なエンジン音は止ま
っていた。
関連記事
Comment
≪この記事へのコメント≫
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
Secret: 管理者にだけ表示を許可する
 
Trackback
この記事のトラックバックURL
≪この記事へのトラックバック≫
Designed by aykm.