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ゲーム実況風プレイ日記&考察中心 常にネタバレ注意
時の残滓 第23話
「どういうことだ……」私の声が遠い。二人して棒立ちになっていた。ラギは
無言のまま燃え盛る街を睨み、きつく唇を結んでいる。体は動かない。目の前
の大惨事は私たちを止まった時間に吸いつけた。

「アイリス、早く逃げよう……」絞り出すような声が隣から漏れ、ラギが私の
腕を引いた。「逃げる?一体何を言っているんだ?」ラギの手を乱暴に振りほ
どく。「説明してる暇ないんだから、言うこと聞け!!」問答無用、とばかり
にもう一度私の手首を掴む。街に背を向けて走り出そうとした矢先に、ラギは
急に足を止めた。

「さあ、逃げる準備はできたかい?」見覚えのある男が、私たちの前に立ちは
だかっていた。「ゼプトだ」男はうすら笑いを浮かべて右手を差し出したが、
ラギも私もその手をじっと見ているだけで握手には応じない。「あんたは人の
名前を覚えようとしないんだったねぇ。覚えてるかい?俺があのとき言ったこ
と」すっと眉を上げてみせると、男は差し出していた右手を下ろして代わりに
両腕を組んだ。

覚えている。男と会ったのは、私が下の世界へ来ることになったきっかけの事
件、その前日だ。何故、ここにこんなやつがいるのか。見当もつかない。私は
男の問いに何も答えなかった。「覚えてる顔だねぇ?そうやって顔に出してる
といつか死ぬぜ?前にも言ったようにな。まあ、あんたはここがどういう場
所なのかすら知らないようだから何言っても無駄だろうが」やはり、この男は
苦手だ。

「それで、どういうことなんですか。説明してください」語気を強めないよう
に気をつける。「説明してる暇はないって、さっきの女の子から聞いただろ
う?」私に目も合わせようとしないで、男は鼻で笑った。ラギは黙ってそれを
見ている。

「上に行く。そこの女の子、あんたも一緒に来な。じゃないと面倒なことになる。
いや、あんたは知ってるんだろ?」頷いて答えるラギに、私は逃げ出したくなっ
た。ここには、誰も味方はいない。ゼプトが言っているのは、私があの拘置施設
から出てきた理由を問うためだ。仮にそうでなくとも私が安易に上に戻るのは明
らかに問題がある。

叫ぶ声も、抵抗する気力も、全て失った。私は暗闇のどん底に突き落とされて、
もはやどうすることもできないでいた。ラギを少しでも信用したことは、私の重
大なミスだったのだろうか。

それに、火をつけられたあの街はどうなる?優しくしてくれた店主。賑やかだった
商店街。古風な街並みに現代風の設備を施した変わった風景。どうしてこうなった
んだろうか。一体誰が火を放ったのか。

「おい、さっさと来い」思考に浸る間もなく、私は無理矢理連れて行かれた。ゼプ
トは商店街を最初から存在しないかのように一切見ようとしない。事実というのは
認識の範囲から外に溢れてしまえば、ある人には真実でも、ある人には嘘になる。

私たちは追われるように街を離れ、炎の街はやがて一点となり、そして見えなくな
った。追い立てられるようにゼプトの船―― 一般的な船というには語弊があるが
少なくとも外から見た分には船としか言いようがない――に乗り込む。

なんとなく血と錆びの臭いがした。低く唸るエンジン音。風を切る音は甲高く、私
の何かをかき乱す。昼間の暑い時間帯にもかかわらず、震える体は止まらない。ど
こか遠くへ、このまま帰ってこなければいい。このまま消えてしまえばいい。

あの拘置室で考えていたことが、今更蘇ってくる。

ただし、それはもう私一人の問題ではない。ラギは、エニアは、私を裏切っている
のだろうか。それとも、何も知らないのだろうか。何も知らないのだとしたら、私
のせいで二人は巻き込まれていることになる。

これ以上、罪を重ねたくはない。せめて、あの二人がどこまで知っていて、どこま
でこの事件と関わっているのかをこの目で見る必要があるだろう。そのためには、
ここで死ぬわけにはいかない。

それでも、ここの居心地は変わらない。ラギは今、別室で待機中だ。ゼプトは私た
ちの同室を許さなかった。それが余計に不安を煽る。耳に届く不愉快な振動音が、
いつの間にか私の意識を眠りの淵へと追いやった。
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