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ゲーム実況風プレイ日記&考察中心 常にネタバレ注意
時の残滓 第14話
「おーい、おっきろー」

誰かが、私の肩をゆする。新鮮な草の匂いは嗅ぎなれないものではあったが、
居心地の悪いものではない。瞼の向こうに強い光を感じて、思わずきつく目
をつむる。

「起きた……か?」

ゆっくり目を開けると、私の前に1人の少女が立っていた。足元に綺麗な白い
猫を纏わりつかせて、少女は覗き込むようにして怪訝な顔で私を見る。起き上
がろうと腕に力を込めて、バランスを崩して乗っかっていた場所からずり落ち
てしまった。

手首から肘にかけて綺麗に皮が裂けた。寝ぼけた頭で見回すと、私の体は岩で
ごつごつした地面の上に転がっていたらしく、起きてみれば服は鉄錆のように
赤く擦れた跡がある。どうしてこんな場所に落ちて助かったのか首をひねって
考えるうちに、なんとなくまた、夢の中の少女を思い出した。可能性としては、
無きにしも非ずだ。彼女ならできる気がする。

「おいおい、何してんの?ちょっと見せてみな」

先ほど私を覗き込んでいた少女がまだ表情を変えずに私の左腕を掴んだ。そう
いえば先ほど岩肌で思い切り切り裂いたのだ。思ったより酷いらしく激しく出
血し、流れた赤い液体が指先から雫になって落ちていくほどだった。

肘上を白い布できつく縛り、その辺に転がっていた細めの木の枝を使って少女
が止血を始めた。時折、彼女の短めの赤毛が私の腕を掠めてくすぐったい。そ
のまま無言で左右を見ると、腕を掴んだまま赤毛の少女は立ち上がって一緒に
来るよう促した。

「あの……ありがとうございます」

私は少女に引き立てられながら礼を述べると、少女の顔がほのかに赤くなって
いく。足元は朝露で濡れた草が生い茂り滑りやすく、足を取られながら私は少
女の後に続いた。

「で?あんたは何者で、なんでここにいる?」

少女は血で汚れた私の腕を、どっぷりと湖の水に浸ける。そうされて初めて傷
の痛みを感じた。人は極度の緊張状態に至ると痛みを忘れると言う。私は初め
て見る景色に戸惑っていることを自覚していた。

「私は……わからない」

情けない答えだ。しかし、それでも本当のことには違いない。いつの間にか私
は知らない場所にいて、知らない人間が目の前に立っていた。それは事実で、
この少女にとって私が何者なのか、当時の私が知るはずもない。

「ふーん。記憶喪失?ね、名前は?覚えてないって言うなら勝手につけちゃう
よ?あんな場所にいたってことはいろいろワケアリだろうから根掘り葉掘り聞
くつもりは毛頭ないけど、名前ないと不便だし」

困った。私に名乗る名前などない。軍からもらった名前は正式に扱われるもの
だが、仮に彼女が軍に絡むようなことがあれば私だけでなくエニアにも――エ
ニアが無事だと信じて――迷惑がかかる。ただ、少なくとも赤毛の少女が私に
何者かを質したことで、彼女が軍に所属してないことくらいは判断がついた。

「アイリス。私の名前は、アイリス」

口をついたのは、エニアがつけた名前だった。正式な名前ではないし、センス
はともかくありきたりと言えばありきたりなものだ。とはいえフルネームでは
ないのでどう聞いても偽名にしか聞こえないだろう。それでも呼ぶだけのため
の、今までの番号管理となんら変わらないのだからそれが偽名になったところ
で支障はないはずだ。

「そ。じゃあアイリス、ここからすぐにでも出ないとそろそろまずいよ」

手持ちの包帯を私の左腕に巻き付けたところで少女が立ち上がって再び私を引
きずろうとする。まずいって、何が?

「ああ、忘れてた。あたしはラギ。この子は……名前ないけど別に必要ない
よね」

ラギは自分の足にまとわりつく白猫を一瞥して立ち止まってそう述べた。白猫
はまるで絹のようにきめ細かい毛質をしていて、小さな顔には大きな淡いグリ
ーンの瞳が宝石のように嵌っている。ラギの方はハシバミ色の瞳をしていて私
よりも一回りは背が低いのに私よりも機敏な動きで岩だらけの湿った地面を悠
々と進んでいく。

私は、理由もわからないままラギについて湿地帯を抜けた。
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