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ゲーム実況風プレイ日記&考察中心 常にネタバレ注意
時の残滓 第12話
私が東棟へ来てから入り口前に辿り着いたときには、すでにかなりの時間が
経過していたようにも思ったが、実際はわからない。月下並みの薄明りの中
で、煌々と明りをつけようものなら怪しまれかねないからだ。

そうは言うものの、待ち合わせに相手が来ないのは精神的によろしくない。
焦りばかりが私を追い立ててくれた。理由はわからないが、エニアは場所
を提示しただけであって、集合時間を伝えてきたわけではない。

ということは、エニアもすぐに来ると踏んでいいということだろう。彼女
なら。エニアだから。あの人はそういう人だ。いつもそう。きっと、何か
知っている。教えないことには理由がある。いつだってそうだった。

エニアを待つ間、暇を持て余した私を無音と暗闇の空間が包み込んでいた。
懐かしい気がするのはなんとなく寮の自室に雰囲気が似ているからだろうか。
夜の寮はいつもこんな感じだったように思う。

それからしばらく、ただただ目をつむってエニアが来るのを待つ。涼やかな
風がそっと頬を掠めていく。それがとても気持ちよくて。


「あぶないっ!!」


突然、頭上から叫び声が降ってきた。同時に足元に浮遊感を覚える。見上げ
ると、そこにいたのは――


「こっち!!早く!!」


エニアだった。必死にこちらへ右手を伸ばして金切り声をあげている。何が
起きているのかを把握できないまま私は唖然としていた。一瞬の無音が辺り
の空間をごっそりと暗闇から引き抜いたかのように。


「何してるの!!急いで!!」


エニアの声が一際大きくなる。その声にようやく私の体が反応し、私は彼女
の白い細腕に手を伸ばした。下を見ると、今までそこに足場としてあったは
ずの黒い床がすっかり抜け落ちてしまっているのが分かる。

床だったものがあった場所は床よりももっと黒々としていて吸い込まれてし
まいそうなほど。


「っ……もうちょっと、早く反応してよ……ね」


苦悶に満ちた表情で私を見据える。


戦闘職種ではなくとも、一通りの訓練はしているとはいえエニアが乗ってい
る足場も安定していない。この状況で彼女よりも重いはずの私をエニアが支
えていられる時間はそうないはずだ。そしてこの状況を生み出したのはどう
取り繕っても私のせい。


「……ごめん」


エニアを見上げた状態で、私は彼女に謝っていた。謝ってどうにかなるわけ
ではないことなどわかっている。それどころではない。何をしているのか自
分でもわけがわからず、混乱していた。


「あのね。謝ってる状況じゃないでしょー。ほら、自分でもどっか足載せら
 れるとこ探して。あたしひとりであなたを持ち上げられるとでも思ってる
 の?」


私の謝罪が彼女にどう映ったのかはわからないものの、エニアは、半ば呆れ
れたような笑っているような表情と口調だった。ただ、それでもなんとか私
を引き上げようとしてくれている。

足がかりになるような場所を探さないと。すでにエニアの半身まで崖から乗
り出した状態のまま、私は彼女にきつく掴まれていた。こんな状態で彼女が
私を引き上げるのは無理な話だ。


「エニア、手を離して」


悪いことに、目の届く範囲では足場になれそうなとっかかりは見当たらなか
った。そもそも暗くてよく見えない。手元にライトがあったはずなのに、二
人してその存在を頭の中からすっかりと捨て去ってしまっていたらしい。


「絶対イヤ」


エニアの強く意思を持った瞳はぶれることなく私を捉えて離さない。彼女が
私の手を握る力もそれにならった。それでも、彼女に力はそれほど残されて
いないことは、震える腕先から伝播してくる。

僅かだが私の身体が見通しの効かない暗闇の中へ引き込まれていく。エニア
はずり落ちかけた私の手首を掴み直した。だが、徐々に私を繋ぐ頼りない力
は減衰していく。

これ以上は――


「足場になりそうな場所がない。エニア、手を離して。でないとあなたまで
 落ちてしまう」


私がエニアを巻き込まないように力を抜いても、彼女は首を大きく横に振っ
て頑なに私の手を握りしめている。私は、私の瞳に映り込む彼女の蒼白な表
情を捉えてしまう。

綺麗で透き通っていた瞳は見開かれ、私の足元に広がる暗闇を恐れるような
そんな表情。私は、彼女を傷つけているのだろうか……。絶望と恐怖を宿し
たエニアを私は初めて見たような気がした。

それこそ私の勝手な思い込みなのかもしれない。私が心の内でそう信じたか
っただけなのかもしれない。でも――その濡れた瞳は何?どうして泣くの?


「離さないからねっ!……絶対、絶対にっ!!」


エニアの瞳から零れた涙が私の頬に当たる。胸に突き刺さる震えた声が私の
中で木霊する――私は、この手を放してはいけないんだ。

でも――

私がもう一度彼女の手に力を入れ直そうとした時。エニアを支える黒い床が
大きく振動し始めた。その衝撃で、エニアの力は一瞬にしてバランスを取る
ことに集中させられたらしい。


「ぁ……っ、ぃやっ……いやっ……」
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